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熱プラズマによるナノ粒子合成

九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門

渡辺隆行

1.はじめに

最近のナノテクノロジーのブームにおいてナノ粒子が注目されているが,本質的には1980年代前半の超微粒子に関する研究と大きな差はない。それでは,なぜ再びナノ粒子が注目されているのであろうか。その理由は,1980年代の超微粒子ブームのときには,限られた工業的応用しかなかったので研究が次第に下火になったが,最近は新たな応用分野が開発されたこと,さらに,小さい粒径の数nm〜数十nmのナノ粒子が容易に合成できるようになったことである。現在のナノ粒子に関する研究を,単なるブームではなく,ナノ粒子による新しい工業素材の創出を可能とするには,高い機能性を有するナノ粒子を高速かつ安価に製造する手法の開発が必要である。このような産業化を可能とする方法の一つとして,熱プラズマによるナノ粒子合成手法があげられる。熱プラズマによるナノ粒子合成では,粒径が小さいこと以外に,準安定相や非平衡組成のナノ粒子,あるいは,組成の制御された合金や化合物のナノ粒子を合成できるという特徴がある。

ナノ粒子やナノ構造体の製造プロセスに用いられるプラズマとしては,大気圧中で発生する熱プラズマと,低温状態の低圧プラズマに大別される。低圧プラズマと比べて熱プラズマが本質的に異なる点は,材料プロセスにおいて熱プラズマを流体として扱うことである。熱プラズマを反応場として用いる場合には,プラズマが有する1万度以上の高温を利用して原料を蒸発させ,その下流の低温領域で蒸気を凝縮させてナノ粒子を合成するが,プラズマ中の流れの状態による加熱や冷却過程が重要な役割を果たしている。このプロセスにおいて,蒸気の冷却速度は105〜106 K/s程度になるので,このような高速クエンチングを利用して,通常では合成しにくい非平衡相や準安定相を得ることが熱プラズマを利用するプロセスの利点となる。

Al2O3ナノ粒子の写真
アルゴン/酸素プラズマ中にアルミニウム粉体を供給することによって作製します.
LaB6ナノ粒子の写真
アルゴンプラズマ中にホウ素,炭素,金属残化物の粉体を供給することによってホウ化物系のナノ粒子が合成できます.
 LiMn2O4ナノ粒子の写真
アルゴン/酸素プラズマで合成したLiMn2O4ナノ粒子.リチウムイオン電池の電極材料としての応用が期待されています.

 

2.熱プラズマによるナノ粒子合成

熱プラズマによるナノ粒子合成方法では,要求されるナノ粒子の特性に応じて,原料とプラズマガスの選択における自由度が大きいことが特徴である。供給された原料は1万度以上のプラズマの高温領域において瞬時に数千度まで加熱されて原子やラジカルに分解され,下流の低温領域では均一核生成が起きる千度程度までに急冷される。この急冷過程における核生成を制御することによって,ナノ粒子の粒径を制御することが可能である。ナノ粒子の組成や結晶系を制御するのも,この気相から凝縮相を生成する均一核生成,および,不均一凝縮の段階であり,最終的な生成物の特性を決めるのに重要な過程である。また,高温蒸気の冷却過程において単なる凝縮だけではなく,化学反応を起こさせる方法もある。

固体粉体を原料とする場合には原料の種類の選択が広がり,セラミックスや金属などの様々な粉体を使用することができる。例えば,ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち,ダイヤモンドよりも熱に強い立方晶窒化ホウ素c-BNが注目されているが,熱プラズマ以外の合成プロセスではB2H6などがよく用いられている。しかし,原料としてB2H6を使用するよりも,固体のホウ素やホウ酸などを使用することができれば,プロセスの安全性や経済性を改善することができる。同様の例はSi3N4ナノ粒子の合成でも見られる。SiH4が原料として用いられていたが,熱プラズマを用いることによってSiCl4を原料として使用することが可能となった。SiCl4は安全性と経済性の観点から非常に有利となるので,熱プラズマをナノ粒子合成に用いる利点となる。

熱プラズマ以外のプロセスでは,融解潜熱や蒸発潜熱の大きい原料(例えば酸化物など)を用いてナノ粒子プロセスに用いることは困難である。プラズマ中で原料の蒸発を完全に行うためには,プラズマ体積が大きく,粉体の滞留時間が長いRFプラズマが適しているが,RFプラズマを用いる場合でも,粉体の粒径に制限がある。蒸発という観点からは粒径は小さいほうがよいが,原料供給における粉体の扱いやすさ,原料の入手などから考えると,酸化物の原料粉体では数mm,金属では10-20 mm程度が適している。セラミックスは金属よりも一般に融点や沸点が高く蒸発しにくいので,その蒸発には高いエンタルピーが必要になる。

固体原料の供給方法としては,粉体を直接プラズマ中に供給する方法以外にも,サスペンジョンとして供給する方法がある。サスペンジョンは固体粒子を液体中に懸濁したもので,原料供給は液体と同様に扱うことができる。この方法は,粉体そのものの取り扱いにくさを克服できる方法である。

2.1 直流アークによるナノ粒子合成

アークを用いるナノ粒子製造方法には,活性プラズマ−溶融金属反応法がある。活性プラズマ−溶融金属反応法は,陽極上にナノ粒子の原料となる金属塊を置き,プラズマアーク中で原子状に解離した活性種により溶融金属からナノ粒子を合成する方法である。陽極上においた金属を単に蒸発させて金属ナノ粒子を合成する方法もあるが,2種類の金属を陽極上に置き,蒸気の凝縮過程において合金ナノ粒子や金属間化合物ナノ粒子を合成することもできる。

活性プラズマ−溶融金属反応法は,ナノ粒子の生成量が多く,効率的なナノ粒子の合成方法である。プラズマ中で解離した水素原子が溶融金属に溶解し,溶融金属中で水素が再結合するときの発熱によって溶融金属が局所的に加熱されることが,ナノ粒子の生成の促進に役立っていると考えられている。実際に水素を50%程度まで加えると,溶融金属からのナノ粒子の発生量は飛躍的に増加する。水素の再結合熱等によってナノ粒子の発生量を推算する式も提案されているが,単に水素の再結合熱だけでは実験結果を説明できない実験結果も示されている。例えば,合金の各構成元素の蒸発速度が成分によって大きく異なり,この蒸発速度がアーク中の水素濃度に依存することは,宇田らによって提案されたモデルでは説明できない。水素の添加によってナノ粒子生成が促進されるのは,単に溶融金属中の水素の再結合だけではなく,水素溶解によって溶融金属の活量が変化すること,蒸気圧が大きい水素化物の生成などが理由であると考えられる。アーク中の水素の濃度によってナノ粒子の組成を制御できることは,これらの理由が正しいことを裏付けている。しかし,水素化物は溶融金属の周囲のアーク中では不安定なので,その証拠を実験的に確認することは困難である。

筆者らは不安定な水素化物ではなく,より安定な塩素化物の生成に注目してナノ粒子生成機構を検討した。塩素ガスを用いたアークによって合金からの各成分の蒸発速度を実験的に求め,その蒸発速度が各成分の塩素化反応の自由エネルギー変化によって関連付けられることを示した。蒸発した成分の組成と塩素化反応の自由エネルギー変化とを比べた結果,塩素化物を生成しやすい成分ほど,原料からの蒸発速度が大きいことを定量的に確認できた。この結果から類推すると,活性プラズマ−溶融金属反応法では,蒸気圧が大きい水素化物等が生成されることがナノ粒子生成機構の一つであると考えられる。

Si3N4,AlN,GaN,TiNなどの窒化物ナノ粒子は,アークに窒素やNH3を加えることによって合成できる。WO3,MoO3,Nb2O5などの酸化物ナノ粒子は酸素アークによって合成できる。希土類の酸化物ナノ粒子としてはSm2O3,Nd2O3が報告されている。また,Fe3Cなどの炭化物ナノ粒子は,アークにCH4を加えることによって合成できる。これらはいずれも,プラズマ中で解離した活性種が陽極上に置かれた金属と反応してナノ粒子を生成するプロセスなので,ナノ粒子の生成機構は共通である。

最近は磁性体としての応用を目的としたナノ粒子の合成が数多く行われており,Mnナノ粒子,CH4を用いたアークによって炭素を含有したFe, Co, Niナノ粒子などの磁性粒子としての応用が検討されている。磁性粒子としては特に合金や金属間化合物が注目されている。今までにFe-Coナノ粒子,Fe-Niナノ粒子 などの合成が報告されている。合金や金属間化合物ナノ粒子を活性プラズマ−溶融金属反応法によって合成する場合には,ナノ粒子の組成をいかに制御して,要求されるナノ粒子の特性を発揮できるかが重要である。ナノ粒子の組成は,陽極上の原料の各成分の蒸発速度によって制御することになるので,アーク中の活性種による溶融金属からの蒸発促進機構に関する研究は興味ある研究課題である。

2.2 プラズマジェットやRFプラズマによるナノ粒子合成

プラズマジェットやRF プラズマを用いるナノ粒子製造方法は,両者ともプラズマ中に粉体等の原料を供給する方法なので,その合成の機構は共通である。プラズマ中で金属を加熱蒸発させ,その蒸気を気相中で単に冷却凝縮する方法,および,プラズマで得られる高温蒸気の冷却過程において化学反応を起こさせる方法があるが,いずれの方法も高温領域で蒸気を得て,低温領域で蒸気を凝縮させてナノ粒子を合成する方法である。ナノ粒子の合成では,気相から凝縮相への均一核生成過程と不均一凝縮過程,および,凝縮相どうしの凝集過程が重要である。

1)酸化物ナノ粒子

酸化物ナノ粒子の合成では,蒸発直後の高温域で原料の酸化物は金属と酸素に分解し,冷却の過程で再び酸化物を構成する。炭化物や窒化物のように温度によって反応が制限されることがなく,気相中の反応は比較的単純である。

酸素RFプラズマ中に金属粉体を供給することにより,酸化物ナノ粒子を合成することができる。Ti,Al,Si等の金属粉体は,酸化熱により金属粉体の蒸発が促進されるので,効率の良いナノ粒子合成方法である。TiO2ナノ粒子合成においては,プラズマの条件を変えることにより,ナノ粒子中のアナターゼ相とルチル相の割合を制御することが可能である。プラズマによって合成されたTiO2ナノ粒子は高い光触媒活性を示し,触媒活性はアナターゼ相とルチル相の割合によって大きく変化する。

また,酸化物ナノ粒子は透明導電性膜への応用が最近行われている。ナノ粒子は可視光に対して透明であることが重要な特性である。つまり,可視光の波長より小さいナノ粒子による散乱はレーリー散乱が主となり,可視光波長の1/4以下の粒径の場合に高い透明性を得ることができる。酸化スズや酸化インジウムは高い導電性を有しており,可視光領域での吸収が少ない特性を活用することによって,透明電極や透明帯電防止膜として用いられている。導電性を改善するために酸化インジウムにはスズをドープしたITOが広く用いられている。これらのナノ粒子を高分子バインダーに分散して塗布することによって,ブラウン管の帯電防止や電磁波遮蔽として用いられている。

透明磁性体であるY-Fe-O系ナノ粒子は,光磁気記録材料として期待されている。結晶性の良いナノ粒子を合成できれば,塗布するだけで光磁気記録材料として使用することが可能である。鉄とイットリウムの硝酸塩水溶液から沈殿させた共沈粉を原料とする方法,水溶液のままミスト状でRFプラズマに供給する方法が行われている。水溶液を原料にするミスト供給法の場合は,原料のイットリウムと鉄の比を容易に変えることができる。

2)窒化物ナノ粒子

窒化物ナノ粒子は,窒素プラズマ中で金属粉体を蒸発させ,その冷却過程で窒化させることにより合成できる。また,Si3N4ナノ粒子の合成では,プラズマ中にSiCl4を供給し,その尾炎部にNH3を吹き込む方法が報告されている9)。高価なSiH4ではなく,安価なSiCl4を原料としてSi3N4ナノ粒子を合成できることは,熱プラズマ法の優位性を示している。

3)炭化物ナノ粒子

炭化物ナノ粒子の合成としては,炭素源としてCH4を用いることにより各種の炭化物ナノ粒子を合成することができる。遊離炭素が生成物に混入することを防ぐために,クエンチングガスにCH4を供給する反応性クエンチング法が開発された。プラズマトーチ出口に反応性ガスを導入することでSiCを合成する吸熱反応を起こし,SiCを合成するとともに反応熱と混合で雰囲気を急冷する方法である。

炭化物ナノ粒子としては,炭素源としてCH4を用いたWC1-xナノ粒子の合成が報告されており,燃料電池の触媒として応用できる可能性がある。WC1-xを合成する有効な温度域は2510〜2760℃と非常に狭く,さらに,高温状態からの急激な冷却が必要である。また,SiCは冷却速度が遅いとb相が得られないので,プラズマジェットの下流域に膨張弁を設置したプラズマ膨張法によってSiCナノ粒子が合成されている 。

4)金属間化合物ナノ粒子

2種類以上の金属粉体を熱プラズマに供給することにより,蒸発過程を経て,その高温金属蒸気を急冷することによって,合金ナノ粒子や金属間化合物ナノ粒子を合成できる。生成物の組成は,原料の金属成分の核生成温度に依存することが指摘されている。核生成温度はナノ粒子の合成条件によって変わるが,多くの遷移金属の核生成温度はほぼ融点と一致する。ケイ素やホウ素は核生成温度が融点よりも高いので,プラズマ中で過飽和の状態になった成分が均一核生成によって凝縮相を生成したあとも,しばらくは液体の状態であると考えられる。例えば,核生成温度が大きく異なるモリブデンとケイ素の組み合わせは,核生成温度が近いチタンとケイ素よりもシリサイドの合成は困難であることが判断できる。

導電体ナノ粒子である合金や金属間化合物は,その自由電子のプラズマ振動数よりも振動数の低い電磁波を反射する。例えば,近赤外線に相当するプラズマ振動数を有するナノ粒子を含んだ膜では可視光は通過できるが,プラズマ振動数以下の近赤外線は通過できない。よって,このような特性の膜を赤外線遮蔽膜として用いることができる。赤外線遮蔽膜の場合には,ナノ粒子が連続構造をとる必要がないので,ガラスの透明性を保ったまま,日射による温度上昇の原因を抑えることができる。このような目的で,RFプラズマによってシリサイドやホウ化物ナノ粒子の合成が行われている。

磁性ナノ粒子の合成は,直流アークと同様にRFプラズマでも数多くの研究が行われており,Fe-Co,Fe-Ni,Mn-Znなどの研究例が報告されている。原料として金属の混合粉体が用いられており,原料の混合粉体の組成を自由に変えられることがRFプラズマによる合成方法の優位性である。マイクロ波プラズマによる磁性粒子としては,Fe-Coナノ粒子の合成が報告されているが,マイクロ波プラズマの温度がRFプラズマに比べて低いので,金属の混合粉体を原料として使用することができない。この場合には,原料としてFe(CO)5とC2H5Co(CO)2が用いられている。

3.まとめ

ナノ粒子をはじめとしたナノ材料はナノテクノロジーを支える基盤材料であることから,特に,その合成,評価・解析技術の開発に大きな関心と注目が集まっている。ナノ材料は優れた新規な特性を発現させるだけでなく,これまで知られていたバルクの特性を大幅に向上させ,新素材としての応用範囲を拡大することができる。ナノ粒子以外にも,ナノチューブ,フラーレン,ナノクラスターなどの合成においては,大きさや形状が制御されたナノ材料を大量に合成することが重要である。特に,ナノ構造が自発的に成長する自己組織化のための技術開発も重要である。プラズマを用いるナノ粒子の製造法は,一段のプロセスで,安価でかつ大量にナノ粒子を製造することができるという長所を有するが,自己組織化は達成されていない。今後の熱プラズマを用いるナノ粒子の合成方法が産業界に広く使われるためには,熱プラズマの特徴を生かした自己組織化プロセスを開発することである。

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