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月資源利用技術について

九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門

渡辺隆行

1.はじめに

20世紀に行われた宇宙開発によって,宇宙という対象は夢物語ではなく,現実のものとして考えられるようになった。2004年1月14日に米国のブッシュ大統領が月面基地建設を盛り込んだ新宇宙戦略を打ち出した。さらに月の資源を活用することによって,月から火星ロケットを打ち上げる構想も示され,月面基地建設実現が大きく期待できるようになった。本稿では化学工学的な観点から月資源利用に関する技術開発を取り上げる。月資源に対する興味は地球上で一般的に得られるような資源ではなく,将来の技術開発において地球上では得難い物質に対する期待であると考えられる。今後のエネルギー供給の状況やCO2排出の制約から考えると,3Heは地球に持ち帰ることに意味がある唯一の月資源である。しかしもっと広い視点から考えると,月面基地を建設すること,そして将来的には月面基地を拠点として様々な資源を活用することを考慮しなくてはいけない。この場合には,月の鉱物も重要な資源となる。本稿では,月面基地を建設することを目的として,月土壌から酸素あるいは水を製造する技術を中心に解説する。


2.月探査計画

2−1 米ソの月探査計画

月を目標とした米ソの宇宙開発競争は,旧ソ連のLUNA計画に始まった。LUNA16,20,24号は月の岩石や土壌標本を地球へ持ち帰るサンプルリターンを無人で行っている。LUNA17,21号は,無人月面車Lunokhodを月面に降ろすことに成功しており,無人での月探査に関して様々な実績を残している。一方,米国ではAPOLLO有人月着陸計画に備えて,月表面の様子を詳しく調べるためにRANGER計画が1961年から1965年に実施されている。RANGERは月面に直接衝突する軌道をとり,月面に達するまで写真を撮影し,地球へ送信し続けるという方法を採用した。続いて1966年から1968年に実施されたSURVEYOR計画では,無人探査機を使ってAPOLLO計画の有人月面着陸の遂行に必要な科学的・技術的情報を得ることを目的とした。1969年から1972年まで行われたAPOLLO計画は月に関するプロジェクトではもちろん最大のものであった。APOLLO計画では様々な観測や調査が行われ,2196サンプル,382kgの月の鉱物が地球に持ち帰られている。APOLLO計画は月について多くの科学的データを与えてくれたが,APOLLO計画から30年あまりたった現在,月面基地や宇宙資源開発として,月探査が再び大きく注目されている。さらに月の起源や進化の謎を解明することが,地球や他の惑星の謎を解くための鍵になると考えられており,世界中の科学者の間で,月への再訪の期待が高まっている。

米国の月探査衛星のCLEMENTINEは,月の極地域にあるクレーターの底に氷が存在する可能性があるというデータを1994年1月に示した。さらにLUNAR PROSPECTORのデータをもとに, 1998年9月にNASAは,月の極地域にある永久影の部分に約60億トンの氷が存在する可能性があることを発表した。氷の存在が確認されて,液体の水として回収することができれば,月面基地建設の可能性が高まることになる。この調査結果を受けて,米国のLunaCorp社(アーリントン)は,Ice Breakerと呼ばれるローバーを使って,月における氷の存在を確認することを計画している。宇宙開発は各国とも政府主導で行われてきたが,近年民間企業が商業を目的として宇宙産業に参入し始めており,月探査計画の分野においても民間企業が活動を始めている。

2−2 日本の月探査計画

我が国初の月探査ミッションとなるLUNAR-Aは,ペネトレータを使って月面に地震計,熱流量計などの科学観測機器を設置し,月の内部構造を探ることを主要な目的としている。ペネトレータは月軌道上で分離した後,月面へ落下し,地中の約2m前後の深さに潜り込み,月の内部構造を約1年間調査する。

SELENE(SELenological and ENgineering Explorer)はわが国で初めての大型月探査プロジェクトである。現在の計画では,2005年頃にH-?Aロケットによって打ち上げられる予定であるが,昨年11月のH-?Aロケットの打ち上げ失敗がSELENE計画に与える影響が心配である。SELENE計画は,月の起源と進化を解明するために月の周回軌道上から様々な観測を行うとともに,将来の月探査および利用のための技術開発を行うことを主な目的としている。将来的には,これらのミッションは月や惑星の科学探査や天文観測に加え,そこにある資源や環境を有効に利用することをも目的として実施される予定である。


3.月の資源

APOLLO計画で持ち帰られた岩石を分析した結果,月の表面に存在する鉱物は約100種類であり,主要鉱物は輝石,カンラン石,斜長石,イルメナイトなどであることがわかっている。また,月の表面は隕石の衝突によって粉砕されたレゴリスによって覆われており,レゴリスに含まれているイルメナイトや灰長石などは有用な鉱物資源である。FeおよびTiを主成分としてFeTiO3として表されるイルメナイトを,レゴリスは約15%含んでおり,還元して分離すればチタンと鉄と酸素が得られる。灰長石はレゴリス中に約45%含まれており,灰長石はセメントの原料となる。

月資源を材料化学的な観点から評価すると,さまざまな利用方法が理論上可能と考えられている。表には実現性に関して疑問のある方法も含まれているが,月資源を利用するために,月土壌を還元して所要の元素を取り出すというプロセスは,多くの資源利用方法において必要になると考えられる。

重要なことは,月表面には太陽風が直接月に降り注ぐので,レゴリスには太陽風ガスが吸着されていることである。レゴリスに吸着されたガス(水素,水,He,CO2,メタン,窒素)は,200-900℃に加熱するだけで脱着するので簡単に回収することができ,そのうちでも3Heは核融合炉の燃料になるので注目されている物質である。3Heが50kgあれば100万kWの発電所の1年間の発電量と同等の発電ができる。しかし3Heの濃度は極めて低いので,1kgの3Heを得るには10万tのレゴリスを月面上で採掘,処理する必要がある。3Heの回収には月面を破壊しない回収方法の開発も必要である。月資源利用に必要な採鉱,選鉱,精錬,冶金,加工,処理,リサイクルなどのプロセスは基本的には地球上で確立された技術の応用となるが,月面環境や月資源の特殊性を考慮して,最適なシステムを構築することが課題である。


4.月面基地

 月面基地の建築構法には円筒型モジュールを利用するもの,風船を膨らまして空間を作るインフレータブル構造を使うもの,コンクリートを使ったモジュールのもの,ドーム状のものなど様々なものが検討されている。これらのどの方式でも月に降り注ぐ宇宙線や隕石からの防護のため,月面基地はレゴリスによって被覆することが考えられている。月面基地の建築構法では,構造物を運搬するための輸送コストが非常に大きくなるが,コンクリートを用いる構法では,月でコンクリートを作ることによって輸送コストを大幅に低減できる。コンクリートはセメント,水,骨材を混合してつくるが,水以外の材料は月資源から採取できる。月のレゴリスには,セメントの主成分であるアルミナ,シリカ,石灰が含まれているので,これらを抽出することによってセメントを製造できる。


5.月面水製造技術の必要性

居住を伴う将来の有人月ミッションでは,様々な材料を月資源から製造し,利用する技術が不可欠になることが予想される。このような材料の中でも特に水は,以下のような用途への幅広い利用が期待されている。

1) 有人活動としての用途(飲食,洗浄等の衛生,呼吸用酸素の原料)
2) 基地機能の整備としての用途(コンクリート等の建設用資材の製造,機器類の冷媒)
3) 燃料電池としてエネルギー源としての用途
4) ロケット推進用酸化剤(液体酸素等)の原料としての用途
5) 各種の実験用としての用途

月資源の利用に必要なエネルギーの大部分は電気エネルギーと熱エネルギーであるが,特に熱として必要となるエネルギー量は非常に大きい。したがって,月資源利用の実現化を図るためには,有用な熱源である太陽熱の利用技術が不可欠になる。還元技術と太陽熱の直接利用技術は,月資源利用における最も基本的な要素である。これらの技術の確立は,将来の月面活動を支える資源利用の基盤技術の実証という意味において,重要なミッションになると考えられる。


6.月土壌からの水製造

6−1 水および酸素製造プロセス

月資源を利用して水を製造することができれば,生成した水を電気分解することにより酸素の抽出も可能であり,この場合には水素が再利用できる。水製造プロセスは,月資源からの酸素製造について現在まで報告されている20以上のプロセスに対して,エネルギー,原料,技術等の観点から実現可能なプロセスの順位付けが行われている。金属酸化物の気相熱分解による酸素抽出が 総合では1番目にランクされている。FeOを多く含むガラス質の水素還元が2番目に,珪酸塩を1500-1800℃程度で溶融してマグマ状とし,これを直接電気分解することによって酸素を抽出するプロセスが3番目にランクされている。

イルメナイトの水素還元は4番目にランクされているが,水素を用いた還元反応は,プロセスが簡単であることが魅力であり,現在のところ研究が最も進んでいる。還元実験としては,月土壌に含有される酸化物からの水素を用いた酸素抽出実験が行われている。酸素抽出はFeOからによるものが主となり,わずかにTiO2,SiO2によるものがある。連続的な酸素製造を効率良く行うことを目的として,流動層を用いたイルメナイトの水素還元装置も行われている。

実際の月土壌を用いて,水素還元による水および酸素製造の実験は米国のCarbotek社(ヒューストン)によって行われた。試料量が1g以下という条件で固定床による実験を行っている。実際の月土壌を用いた実験はこれのみであり,他の多くの研究は月土壌を模擬したシミュラントを用いた実験,あるいは月土壌中に含まれる酸化物であるFeOまたはイルメナイト単体を用いた実験である。

月土壌の還元反応プロセスでは,他にもメタン,フッ素,あるいはCOを利用したシステムが提案されている。フッ素還元による月土壌からの酸素抽出では,フッ素の高い還元率により月土壌中に最も多く含まれるSiO2から酸素の抽出が可能である。COによるイルメナイトの還元では,生成したCO2を電気分解によりCOおよびO2とし,COを再利用する。

様々なプロセスが考えられている月土壌からの酸素製造において,水素還元プロセスは酸化物から酸素の抽出・分離が容易で,かつ還元剤である水素を再利用できるという点から効率的であると考えられる。本稿においては,月土壌シミュラントを使用し,月面上での水製造プロセスを想定した実験を紹介する。月面実験は無重力下において行われるので,操作時に重力パラメータの制御は難しい問題である。本稿に示す実験は,重力パラメータを考える必要のない固定床による還元反応器を設計・製作したものである。

6−2 月土壌シミュラントについて

月土壌シミュラントは,有機物質の混入が少ない地中より採取した玄武岩質溶岩を粉砕して清水建設が作製した月土壌の模擬試料である。月土壌はFeOを10 wt%程度含むという特徴がある。シミュラントは月土壌をよく模擬しているが,月土壌にはFe2O3が全く含まれていないのに対し,シミュラントには5 wt%程度含まれている違いがある。粒径分布においても,シミュラントは月土壌を模擬しており,平均径は70ミクロンである。

6−3 実験方法

月土壌シミュラントの水素還元反応実験は,固定床反応器に40gのシミュラントを入れて行った。始めにヘリウムガスを流通させながら,太陽光加熱炉を想定した電気炉で反応器の加熱を行う。設定温度に達したら,反応器内を流れているヘリウムを水素に切り替える。反応器は外円筒と内円筒の2重管構造になっており,試料は上下を金属フィルターで保持し,内円筒の中央部に置く。水素は円筒間の隙間を通りながら加熱され,反応器上部から試料中を通過する。反応器出口に設置した湿度計を用いて,水の生成速度を算出する。

6−4 実験結果

1288Kまでは高温になるほど,水生成速度が速くなっている。反応温度が1338Kの場合では,部分的に試料のアルカリ成分の溶融が起こるため,1288Kの場合と水生成速度のピークの高さがほぼ変わらなくなった。反応時間が25分程度で,0.6g程度の水が生成した。水生成速度のピークは反応開始直後ではなく,数分後に出てくる。この原因としては,月土壌シミュラントを保持しているフィルターの影響,あるいは水分の測定方法に原因がある可能性があり,現在検討している。

6−5 分析結果

反応温度による試料の変化を調べるため,還元反応前後のシミュラントのSEM写真による断面観察を行った。反応後の試料に見られる細孔は,還元反応が起こり酸化物から酸素が失われたことを示している。 1338Kのような高温の反応では,灰色部分に含まれるアルカリ成分の溶融が起こり,細孔を塞いでいる様子を見ることができる。

シミュラント中には酸化数の違う酸化鉄が含まれている。反応時間が長くなるにつれてFeの割合が高くなり,Fe2O3の割合が低くなっていることがわかる。また,FeOの割合は5分までにピークがある。これは,Fe2O3の還元が起こり,その後FeOの還元が起こっていることを示している。5分程度までは変化が大きく,その後はあまり大きな変化が見られなかった。

6−6 水素還元反応機構

月土壌シミュラントの水素による還元反応は,未反応核モデルが適用できる。シミュラント粒子の細孔径は非常に小さく,粒子内部はKnudsen拡散領域になる。シミュラントの水素還元反応における粒子外部のガス境膜拡散,粒子内部拡散,および表面反応の各抵抗値を比較した結果,粒子内部の拡散抵抗が大きく,ガス境膜拡散抵抗および表面反応抵抗が無視できることがわかった。シミュラントの水素還元反応では粒子内部の拡散が律速段階であるので,重力パラメータの制御が困難である流動層を用いる必要はなく,固定床を用いた反応装置で十分であると考えられる。


7.おわりに

米国のApplied Space Resources社(ニューヨーク)では,LUNAR Retrieverと名付けられたミッションでランダーを月に着陸させて土や岩などのサンプルを地球に持ち帰る予定である。続いて,LUNAR Huskyミッションではサンプルやデータの収集領域を広げるためにローバーを利用することが計画されていた。このミッションの最大の困難は技術面よりむしろ財政面にあり,現在もこのミッションが計画されているかどうかは不明である。

米国のTrans Orbital社(サンディエゴ)は,最初の民間月面着陸を目指している。月探査機Trail Blazerに搭載したHDTVカメラで月地表から地球が昇るアースライズの様子やAPOLLO計画で取り残された機材を撮影することを計画している。さらにミッション終了のときには衛星を月面に衝突させて,月へのメッセージ(最低価格で$16.95),名刺($2500),記念物(グラムあたり$2500)を送るサービスを展開している。

人類の技術レベルは,すでに月面基地が十分に実現可能な段階に達している。これらの月探査計画のように,民間企業には,地球軌道の通信衛星などのようにすでに確立されている分野を越えて宇宙に進出しようとする動きが見られ,宇宙関連産業はビジネスフロンティアになろうとしている。このような流れにおいて,今後は月資源利用技術の開発は非常に重要となり,特に化学工学がこの分野では大切なポジションを占めていると思われる。月土壌から資源を回収する研究において,従来はかなり「荒い」研究が行われてきたが,実際の月資源利用を考えたプロセス開発では,化学工学が得意としている反応工学などの知見が非常に役立つと考えられる。特に本稿の冒頭でも述べたように,米国の新宇宙戦略によって,月資源の利用を目的とした月面基地建設はますます重要となった。

もっと詳しく調べたい方は,以下の解説を参考にしてください。