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論文題目「窒素直流アークにおけるタングステン陰極消耗機構の解明」

吉田匡希

緒言
直流アークは,10,000 K以上の高温を比較的簡便に得ることができるため,従来から溶接,溶射,切断などのプロセスにおいて熱源として用いられてきた.一方で,直流アークは高化学活性,急速なクエンチングが可能といった特長も有しているため,近年では金属ナノ粒子合成プロセスへの実用化が進んでいる.
直流アークの重要な検討課題の一つに電極消耗の低減化が挙げられる.プロセスの安定した長時間運転や生成物への電極由来物質の混入防止のため,電極消耗の低減化が必要不可欠である.一般的には,陰極として高融点金属であるWに仕事関数が低い金属酸化物を数wt%添加した電極が用いられている.
HeやArなどの不活性雰囲気においては,添加酸化物種が及ぼす電極消耗への影響は多数報告されている.近年では,安価なN2を雰囲気ガスとして利用する研究が注目されている.しかし,N2雰囲気下では電極消耗の悪化が確認されている[2].これはアーク中で解離したN原子が陰極中へ溶け込み,N2分子へと再結合することによる局所加熱が原因であると考えられている.このように熱的負荷が大きいN2雰囲気における電極消耗に関する報告例は少なく,その理解は充分でない.
そこで本研究では,N2雰囲気における直流アークの電極消耗機構を解明することを目的とし,添加酸化物が及ぼす陰極現象への影響を検討した.この目的達成のために,高速度カメラと特定の波長のみを透過するバンドパスフィルター(BPF)光学系を組み合わせた計測を行うことで,放電中の陰極表面温度計測および陰極由来のW蒸気の可視化を試みた.

実験装置および計測手法
本実験の直流アーク発生装置において,陰極には0.37~2.0wt%の範囲で各種酸化物(ThO2, ZrO2, Lu2O3, Er2O3, Y2O3, Nd2O3, Ce2O3, Dy2O3)を添加したWロッドを用い,直径6.0 mm,先端角度は60度とした.陽極は水冷Cuを使用し,陰極との間で電流値100~300 Aでアーク放電を発生させた.雰囲気ガスはAr50vol%-N250vol%とし,陰極周囲に流すシールドガス流量は10 L/min,電極間距離は10 mmとした.
熱プラズマからの発光は,電極からの熱放射や様々な発光種の線スペクトル,連続スペクトルが同時に観測される.そのため,高速度カメラと適切なBPF光学系を組み合わせ,特定の波長の発光のみの観察を試みた.なお,電極近傍の発光分光計測より,BPF波長を選定した.
陰極由来のW蒸気の可視化のため,W原子の線スペクトルを観察する430 nmとAr原子の線スペクトルのみを観察できる738 nmをBPF波長とし,陰極近傍におけるW蒸気挙動を観察した.線スペクトルの発光強度は,発光種の数密度と励起温度に大きく依存する.発光強度への温度依存性の影響を考慮し,WとArとの相対強度値を算出することでW蒸気を評価した.
陰極表面温度の計測にも同様の計測システムを用いた.プラズマガス由来の発光がなく,陰極からの熱放射のみを観察できる785 nmと880 nmをBPF波長として選定した.計測した二波長における発光強度比から,二色放射測温法に基づき陰極表面温度を算出した.

実験結果
Ar雰囲気およびN2雰囲気における各陰極の消耗速度では,どの陰極においてもN2を添加することで消耗が著しく悪化した. また,添加酸化物種によって消耗速度が異なり,N2雰囲気下ではCe2O3-Wの消耗速度が最も小さい結果となった.この原因を解明するために,陰極由来のW蒸気の可視化を試みた.
N2雰囲気における各陰極のW蒸気の観察結果より,陰極由来のW蒸気がアーク周囲にのみ存在するという特徴的な分布を示していることが明らかとなった.W蒸気がアーク周囲にのみ存在する原因として,Wの電離が考えられる.陰極先端の中心部から蒸発したW原子は,10,000 K以上のアーク中で瞬時に電離し,電場の影響で陰極側へと引き戻され,陰極表面に再堆積する.一方,陰極先端部の周辺から蒸発したW原子は,電離温度以下のアーク周辺部に放出されるため,陰極への再堆積が生じない.そのためアーク周辺部にのみW蒸気が存在するといった特徴的な分布を示す.また,添加酸化物種によりW蒸気量が異なり,Ce2O3添加時が最も少ないことが見てとれる.蒸発による消耗現象の理解には,陰極温度を把握することが重要になるため,陰極温度計測を行った.
N2雰囲気における各陰極の二次元温度分布において,先端最高温度はCe2O3添加時が最も低く,Wの融点以下を示した.Ce2O3以外の添加物入り電極では,先端最高温度がWの融点を上回っており,先端部では主成分のWが溶融していた.低融点酸化物の添加による陰極温度の低下が不活性雰囲気において報告されている.しかしN2雰囲気においては,添加物の融点がCe2O3(2,525 K)とNd2O3(2,506 K)ではNd2O3の方が低いにも関わらず,先端最高温度はCe2O3-Wで約3,550 K,Nd2O3-Wで約4,083 Kと大きく異なる.
そこで,N2雰囲気では高温のアーク中で解離したNラジカルが多く存在することから,Nラジカルと添加物の反応性を考慮した.X軸をNラジカルによる添加物の還元反応の⊿Gが0となるときの温度を,Y軸を添加物の融点とし,それらが陰極消耗に及ぼす影響を考察した.低融点かつ⊿Gが0となるときの温度が最も高いCe2O3では陰極消耗が極めて小さい.それに対し,融点が高いか,⊿Gが0となるときの温度が低い添加物では陰極消耗が著しく大きい.この原因について以下のように考察した.
放電中,添加物は陰極先端へ溶出し,被覆することで放電の主体を担う.高融点添加物の場合,先端での被覆領域が狭くなり,電流密度が大きくなるため,陰極への熱流束が増加する.その結果,仕事関数が大きいW(4.5 eV)が溶融し,主成分であるW主体の放電となる.したがって,陰極の実効仕事関数が大きくなり,陰極温度が上昇し,陰極消耗が加速された(熱的要因)
⊿Gが0となるときの温度が低い添加物の場合,Nラジカルにより,陰極先端を被覆している添加物が還元される.その結果,W主体の放電となり,実効仕事関数が大きくなるため,陰極温度が上昇し,陰極消耗が加速された(化学的要因).
以上より,N2雰囲気下では,低融点かつNラジカルとの反応性が低い酸化物を添加した電極が適切である.

結言
本研究では,高速度カメラと適切なBPF光学系を用いることで,従来困難であった陰極由来のW蒸気の可視化,および放電中における陰極温度計測に成功し,N2雰囲気における陰極消耗機構を明らかにした.
N2雰囲気下では,従来の熱的要因のみならず,化学的要因によっても陰極消耗が加速されることが示唆され,これらの影響が小さいCe2O3をWに添加することで,主成分であるW溶融を防ぎ,陰極消耗を大きく低減化できることを見出した.



プラズマ・核融合学会 九州支部第21回支部大会
講演奨励賞 (2018年3月)

「高速度カメラを用いた窒素直流アーク中のタングステン陰極現象の可視化」


この度は私の研究発表が講演奨励賞を受賞できましたことを,大変うれしく,光栄に思います.私がこのような栄誉ある賞を頂くことができたのも,渡辺先生をはじめ,田中先生や研究室の皆様のおかげです.この場をお借りして,皆様に心よりお礼申し上げます.
化学工学部門2018年度修士中間発表
優秀発表賞 (2018年2月)

「窒素直流アークにおける電極消耗機構」
ICMAP 2018
Best Poster Award (2018年7月)

「High-Speed Visualization of Electrode Phenomena in Nitrogen DC Arc」

研究論文
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