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論文題目「高速度カメラを用いた熱プラズマプロセスにおける酸化物ナノ粒子生成機構の解明」

齋藤裕樹

緒言
酸化物ナノ粒子は,磁気特性,触媒特性,半導体特性など様々な特性を有することから,幅広い分野で利用される.酸化物ナノ粒子の合成法の一つに,熱プラズマ法があげられる.熱プラズマの高温,高化学活性,急冷効果という特長を利用することで,準安定な結晶構造を有するナノ材料を合成できる.熱プラズマ発生装置の中でも多相交流アークは,エネルギー効率に優れ,プラズマ体積が大きいことから多量の粉体を処理することが可能である.
多相交流アークは独自の時空間特性を有していることが報告されている.効率的なナノ粒子生産プロセスの構築には,その時空間特性が及ぼすナノ粒子の生成機構への影響の理解が不可欠である.しかし,酸化物ナノ粒子の生成機構は複雑であり,生成機構の計測・解析に関する報告例が少ない.近年では,プラズマ中の酸化物ナノ粒子前駆体の可視化に関する新規性の高い手法が報告されている.
本研究では,多相交流アークにおける酸化物ナノ粒子生成機構の解明を目的とした.高速度カメラとバンドパスフィルター(以下BPF) を組み合わせた計測系により,酸化物ナノ粒子合成プロセスにおける反応場の温度計測および酸化物ナノ粒子の前駆体である金属蒸気,酸化物分子の動的挙動の可視化を試みた.

実験方法
多相交流アークは,炉側面より複数電極を放射状に挿入し,位相の異なる電圧を印加することでアークを発生させる装置である.本研究では,6本の電極を用いてアークを発生させた.炉内に乾燥空気を約300 L/min流し,空気プラズマを発生させた.アーク電流値を80~180 Aの範囲で変化させた.電極間距離を60 mm,Arシールドガスを各電極に10 L/min流した.本実験では,酸化物ナノ粒子前駆体である金属蒸気,酸化物分子の可視化に適した原料の選定が必要である.熱力学的検討と発光分光の観点から,気相中に酸化物が豊富に存在するLa2O3を選定した.原料粒径が30 µm のLa2O3粉末を2.0 g/minの供給量でプラズマ中に投入した.
熱プラズマ中では,様々な発光種からの発光が存在するため,複雑な変動を有する温度場を計測することは困難であった.そこで,特定の波長のみを透過するBPF光学系と高速度カメラを組み合わせた可視化システムを用いた.高速度カメラのレンズに入った光を2光路に分割し,それぞれ異なるBPFを通すことで,特定の2波長の発光を同期観察した.BPF波長域の選定は,分光計測を用いた.高速度カメラの撮影条件として,撮影速度を1000fps,シャッタースピードを0.1~1.0 msとした.

実験結果
La2O3粉末供給時の多相交流アークの発光スペクトルにおいて,La,La+,およびLaOからの強い発光が観察された.プラズマ温度計測を行うために,Laからの2本の線スペクトル(624.9 nm,626.6 nm)とLa+からの線スペクトル(624.9 nm)に着目した.Laからの発光のみを透過するBPFとして625 ± 1.0 nmと,LaおよびLa+からの発光を透過する625 ± 2.0 nmの2枚のBPFを用い,それらの発光強度比より温度を算出した.
本研究では,原料粉体供給時の多相交流アークの温度場を可視化することに初めて成功した.また,LaおよびLa+からの線スペクトルから算出された温度分布図において,電極下20 mmの位置では6000 K以上であり,電極から離れるにつれて温度が低下していることがわかった.
同様の可視化システムを用いて,La蒸気とLaO分子の観察を試みた.LaおよびLaOの発光に対応するBPF波長域として,625 ± 1.0 nm,740 ± 1.0 nmをそれぞれ選定した.LaおよびLaOを可視化した高速度カメラのスナップショットにおいて,いずれの時間においても,観察部上流の領域でLaの強い発光が観察された.一方,LaOの発光は,観察部上流から下流にかけても観察された.これらの発光強度は,発光種の温度と数密度に依存する.そこで,LaとLaOの温度が等しいと仮定し,Laに対するLaOの発光強度比(LaO/La)を算出することで,数密度比として評価した.いずれの時間においてもLaO/Laの発光強度比は,観察部上流では小さく,下流域で増加している.原料の蒸発・解離により生成したLaが低温域に輸送される際に酸化反応が進行したためである.
交流1周期に相当する16 ms間において時間平均した温度と相対強度の軸方向分布において,アーク電流の増加に伴い温度が上昇していることが示された.これは,アーク電流の増加によりジュール加熱量が増加したためである.また,いずれのアーク電流値においても,温度低下に伴い相対強度値が大きくなっている.なお,相対強度値の増加後,急激な減衰が確認できる.これは,Laの発光強度が検出下限値を下回ったため,相対強度の算出ができないことを示しており,本質的ではない.
以上の結果を基に,熱プラズマ下流の冷却過程におけるLaの酸化反応の平衡性について考察した.LaO/Laの相対強度すなわち数密度比の実験結果と,平衡組成より算出した平衡時の数密度比の理論値の温度依存性において,温度低下に伴い,Laの数密度が減少し,LaOの数密度が増加することが示された.実験値におけるLaO/Laの増加傾向は,平衡組成の増加傾向と同様の傾向を示す.LaO/La=1すなわちLaとLaOの濃度が等しくなる温度は,平衡時では5200 Kであるが,80 Aにおける実験値は5200 K,180 Aでは5100 Kであり,概ね一致している.したがって,熱プラズマ下流の冷却過程において,Laの酸化反応は充分に平衡が保たれていることが実験的に示された.

結言
高速度カメラと適切なBPF光学系を組み合わせることで,La2O3粉末供給時における,多相交流アーク中の温度計測とLa およびLaOの動的挙動の可視化に成功した.プラズマ温度とLaO/Laの数密度比の関係から,5200~5800 Kの温度範囲において, Laの酸化反応は平衡を保ちながら進行していくことが実験的に明らかになった.これらの結果は,多相交流アークを用いた酸化物ナノ粒子生成機構の解明につながると期待される.

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