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論文題目「ロングDCアークにおける電極現象」

稲葉勇樹

緒言
本研究で用いるロングDCアーク装置は,その長い高温領域に由来する高いエネルギー効率を有しているため,パーフルオロカーボン(PFC)ガス分解に用いられている.PFCガスは半導体産業で主に排出される難分解性の温室効果ガスであり,その温暖化係数はCO2の数千〜数万倍である.PFC分解手法の1つとして燃焼法が検討されているが,温度が不十分なため高分解率の達成が困難であり,CO2,NOx,SOxが大量発生するといった問題点がある.一方,10,000 K近い高温を有する熱プラズマを利用する方法では,副生成物の発生を抑え,高分解率,高効率なプロセスの達成が期待されている.この手法のさらなる普及に向けて,分解効率の向上や低コスト化が課題となっている.しかし,ロングDCアークは新規なプラズマ発生手法であるため,電極消耗機構は充分解明されていない.電極消耗機構を解明することは,電極消耗量の抑制方法や最適なプラズマ操作条件の提案につながるため非常に重要である.
そこで,本研究ではロングDCアークにおける電極消耗機構の解明を目的とする.W電極とCu電極という電子放出機構が異なる電極材料に対して,(i)陰極温度計測,(ii)陰極点挙動観察,(B)電極消耗観察を行い,W電極とCu電極の電極消耗機構の比較検討を行った.

実験装置および計測手法
ロングDCアーク装置は,長い電極間距離(400 mm)を有するため,放電開始には高電圧が必要である.そこでステンレスワイヤーを電極間に挿入し,ワイヤーと陽極間でアークを発生させた.その後,ワイヤーを陰極側まで引上げることで陰極-陽極間での放電に移行し,安定なアークを発生させた.観察対象である陰極にはW-2wt%La2O3とCuを用いて比較・検討した,実験パラメータとしてアーク電流を8.5〜13 A,プラズマガス(N2)流量を20〜100 L/minと変化させ,下記に示す計測を行った.
(i)陰極温度計測
2種類のバンドパスフィルタ(BPF)を設置した高速度カメラによる温度計測を試みた.温度計測には二色放射測温法を採用し,2波長(785 nm,880 nm)における発光強度比から電極温度を算出した.
(ii)陰極点挙動観察
この観察時にはBPFを使用せず,高速度カメラ条件や解析処理時にしきい値を適切に設定することで,アーク由来の発光を除去しW-2wt%La2O3電極とCu電極における陰極点の状態や陰極点存在分布の観察を行った.
(iii) 電極消耗観察
この観察時にはBPFを用いた高速度カメラ計測を行った.金属蒸気(W:430 nm,Cu:510 nm)と,液滴(650 nm) からの発光を計測することで,電極蒸発と液滴飛散による消耗量を定量的に解析した.

実験結果
アーク電流の増加に伴う電流密度の増加に従い陰極温度の増加が確認でき,その温度は3200〜3800 Kという結果が得られた.Richardson-Dushmanの式より,アーク電流の増加に伴う電流密度の増加によって陰極温度が増加していると推測できる.さらに,陰極表面温度が増加していることから,電極蒸発による消耗量も増加することが予測できる.
W電極使用時の各アーク電流における電極消耗中のスナップショットにおいて,発光が最も強い点(電極表面)から下方向に向かってWの液滴が飛散している挙動が確認できた.このように,W電極は液滴飛散により消耗することが確認できたため,画像解析を行うことで液滴飛散による電極消耗速度を評価した.
アーク電流の増加に伴い電流密度が増加し,液滴飛散頻度が減少した.既往の研究にて,電極表面の溶融部にかかる力のバランスが崩れた際に,液滴が飛散しやすい傾向となることが報告されている.そこで今回は,電極表面の陰極点にかかる中心向きのローレンツ力を推算することで,陰極点の動きやすさを評価し,その結果,アーク電流の増加に伴い,ローレンツ力も増加傾向にあることがわかった.これは,陰極点における電流密度が大きくなるためだと考えられる.以上より,アーク電流の増加に伴い,電極表面の陰極点に加わる中心内向きのローレンツ力が増加し,陰極点の動きが抑制されるため,電流値の増加に従い液滴飛散も抑制されることが見出された.

W電極とCu電極の電極消耗速度の比較
W電極の蒸発速度は,計測した陰極温度からHertz-Kundsen式を用いて算出した.蒸発速度は両電極において,アーク電流の増加に伴い増加している.しかし,W電極の蒸発速度はW電極の液滴飛散による電極消耗速度,Cu電極の蒸発速度と比べてオーダーが2〜3桁小さくほぼ影響がないことがわかる.以上より,W電極での主な電極消耗機構は液滴飛散による消耗であり,Cu電極では電極蒸発による消耗であることが明らかとなった.

結言
本研究では,BPF光学系を組み合わせた高速度カメラによる電極現象の高速度観察を行った.通常,アーク由来の発光により困難であった陰極温度計測が可能となったことより,電極消耗現象の可視化や蒸発量の定量計測に成功した.特にW電極では,一般的なDCアーク装置とは異なる,液滴飛散による電極消耗が確認でき,陰極点にかかるローレンツ力が小さいときに液滴飛散による電極消耗を生じやすいことが明らかとなった.さらに電極のランニングコストを考慮すると,大容量もしくは分解困難なPFCガス分解を処理する実プロセスではW電極,分解が容易なPFCガス分解を行うような実プロセスではCu電極の使用が適していることが示唆された.

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