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論文題目「高周波熱プラズマを用いたシリコンナノ粒子の炭素被覆膜生成機構の解明 」

林田梨里子

緒言
 近年,リチウムイオン二次電池は用途の広がりとともに,軽量で高出力量かつ長寿命であることが求められている.高電気容量かつ低電位であるSiはエネルギー密度や充放電サイクル特性を向上させる負極材料として期待されている.しかし,Siは充放電時の体積変化や過剰なSEI形成によるサイクル特性劣化という問題がある.これらの問題を解決し,長寿命かつ高容量な電池材料として用いるための方法として,ナノ粒子化し,粒子表面の炭素被覆が挙げられる.しかし,炭素被覆Siナノ粒子の合成を大量かつ単一工程で行う方法は確立されていない.そこで急冷速度が大きく,高純度ナノ粒子合成と表面被覆を同時に行うことができる高周波熱プラズマに着目した.
 高周波熱プラズマは,高温かつ高化学活性であり,他の熱プラズマと比較して滞留時間が長い.さらに,無電極放電であり,プラズマ尾炎部での急冷が可能であるため,従来では合成しにくい準安定相のナノ粒子を高純度で合成できる.
 本研究では,高周波熱プラズマを用いた単一行程での炭素被覆Siナノ粒子を合成し,炭素被覆膜の生成機構を解明することを目的とした.

実験装置および計測手法
 実験装置は大別してプラズマトーチ,チャンバー,フィルターで構成される.トーチ外部の誘電コイルに高周波電力を印加することでトーチ内のArガスをプラズマ状態にする.キャリアガスによってプラズマ中に供給された原料粉体は,瞬時に蒸発した後,プラズマ尾炎部にて急冷される.この急冷プロセスにおいて原料蒸気は過飽和状態に達し,均一核生成,不均一凝縮を経てナノ粒子が生成する.生成したナノ粒子はフィルターへ運搬され,堆積する.本実験では,プラズマ流に対向する流れで急冷ガス(Ar)を導入した.また,粒子表面への炭素被覆源としてCH4,C2H4,C2H2ガスをそれぞれ導入した.フィルターにて生成したナノ粒子を回収し,分析した.
 周波数を4MHz,投入電力を17.5 kW,雰囲気圧力を大気圧としてプラズマを発生させた.原料として粒径5 µmの結晶性Siをプラズマ中に供給した.C/Si=2.0となるよう炭化水素ガスを0.32-0.64 L/minで導入し,導入位置とプラズマトーチ部の距離を485 mmとして実験をおこなった.
 合成したナノ粒子の分析として,X線回折(XRD)を用いた結晶構造の同定,STEM-EDSによる元素マッピングをおこなった.また,表面分析としてラマン分光分析,STEM-EELSを用いた表面組成,構造の同定をおこなった.合成Siナノ粒子中のアモルファスSiの割合は,ZnOを標準物質として用いたXRDによる内部標準法によって算出した.

実験結果
 合成したナノ粒子のXRDチャートは,生成ナノ粒子中にはアモルファスSi,結晶性Si,SiCが混在していていることを示している.炭化水素ガスが導入された温度場が,Siの融点(1687 K)以上であったため,Siと炭化水素ガスが反応することで副生成物としてSiCが生成した.CH4を炭素源として導入したときに得られた粒子のSTEM-EDSによる元素マッピング画像では,球状Si粒子の周囲を覆うように炭素が存在していることから,炭素被覆Siナノ粒子の合成に成功したことがわかった.また,六角形状のSiCも観察された.他の炭化水素ガスを導入した際にも同様の結果が得られた.炭化水素膜厚はおよそ5 nmだった.
 炭化水素膜の組成や構造を明らかにするため,ラマン分光分析およびSTEM-EELS分析をおこなった.いずれの条件においても,炭化水素ガス由来のC-H結合,欠陥由来のD-bandおよびグラファイト構造由来のG-bandのピークが確認された.STEM-EELSチャートでは,炭素の1s軌道からπ*軌道への励起によるπ*ピークおよびσ*軌道への励起によるσ*ピークが明確に見られた.これらの分析結果より,形成した膜は炭素および水素から構成されており,sp2構造とsp3構造が混合しているDLC(ダイヤモンド状炭素)であることが示唆された.
 D/G比とIπ*/I(π*+σ*)の関係性を示したグラフでは,Iπ*/I(π*+σ*)が増加する,つまり生成した膜中のsp2構造の割合が増加すると,D/G比は減少する傾向を示した.このときD/G比はD-bandとG-bandの積分強度比,Iπ*/I(π*+σ*)は284-302eVの範囲におけるπ*ピークの面積とピーク全体の面積との比として算出した.D/G比とC/Siとの関係においては,どの炭素源の条件においても,C/Siが増加とともにD/G比が増加する傾向を示した.また,炭素源を比較すると,CH4,C2H4,C2H2の順にD/G比が大きい値を示している.これらは,Si粒子に対するHラジカルまたはCに対するHラジカルが増加し,グラファイト構造に対するエッチング効果が増加したためである.
 これらの分析結果より考察した炭化水素膜の生成機構を示す.大気圧下においてはグラファイトの生成速度がダイヤモンドよりも大きく,安定相である.そのため,完全熱分解された炭化水素ガスはグラファイト構造を形成する.一方,全ての炭化水素ガスは完全熱分解していないため,膜中にはsp3構造を持つCH3なども存在する.炭素材料において,sp3構造よりもsp2構造のエッチング速度は大きいため,Hラジカルによって形成されたグラファイト構造に乱れが生じた.その結果,sp2構造とsp3構造が混合した炭化水素膜が形成された.

結言
本研究では高周波熱プラズマを用いて炭素被覆Siナノ粒子を合成し,生成機構を解明することを目的とした.適切な投入電力,炭化水素ガス導入位置条件で炭素被覆Siナノ粒子の合成に成功した.また,3種類の炭化水素ガスCH4,C2H4,C2H2を炭素源として用い,比較することで,炭化水素膜の生成機構を考察した.水素エッチング効果の影響が膜中の組成・構造に顕著に表れた.以上より,高周波熱プラズマによって合成された炭素被覆Siナノ粒子は新規のリチウムイオン二次電池負極材料として期待できる.


Outstanding Paper Award of Journal of Chemical Engineering of Japan (2022年9月)

「Effect of Methane Injection Method on Preparation of Silicon Nanoparticles with Carbon Coating in Induction Thermal Plasma」

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