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論文題目「多相交流アークにおける電極からの液滴飛散機構の解明」

橋詰太郎

緒言
熱プラズマはエンタルピーが極めて大きく,従来はこの熱を利用して,溶接,溶断,精錬等の分野で活用されてきた.近年ではその化学的活性という特長を活用することで,熱プラズマを新たな高温反応場として利用するプロセスが注目され始めている.特に熱プラズマを用いた新機能性ナノ材料の創製プロセスや,難分解性の廃棄物処理など,様々な分野での応用が期待されている.
本研究では,熱プラズマの中でもエネルギー効率が高く,プラズマ体積が大きい,ガス流速が遅いといった利点を持ち,粉体処理に適した熱プラズマである多相交流アークに着目した.多相交流アークはその特長から,インフライトガラス溶融プロセスやナノ材料合成プロセスなどへの応用が期待され,実用化を目指した研究が行われている.
しかし,多相交流アークは新規な熱プラズマ発生手法であるため,アーク変動現象や電極現象などの重要な基礎現象の理解が充分でない.特に電極消耗の低減化により,プラズマの安定性向上や不純物の混入防止が期待されるため,電極消耗現象を理解することは多相交流アークを実用化するにあたって必要不可欠である.多相交流アークの電極は電極金属の蒸発,または溶融電極からの液滴飛散によって消耗することが確認されており,液滴飛散による電極消耗量は全体の消耗量に対して無視できない割合を占めている.そこで本研究では,多相交流アークにおける電極からの液滴飛散機構の解明を目的とし,溶融電極先端からの液滴飛散現象を高速度カメラにより観察した.

実験装置および実験条件
多相交流アーク発生装置は,12台の交流電源を利用し,位相を各30°ずつずらして放電させることで12本の電極間に大体積の高温領域を安定的に発生させる熱プラズマ発生装置である.本研究では,放電相数を6,12相と変化させて実験を行った.電極には電極径3.2 mm,または6.0 mmの2wt%トリア入りタングステン電極を使用し,各電極の近傍には酸化を防ぐシールドガスとして99.99% Arガスを2 L/min 流して実験を行った.電流は電極1本当たり100〜140 A とした.また,交流周期を60, 120, 180, 240Hzと変化させ,各条件における交流1周期中の電極現象の観察を行った.

電極温度測定
本研究では,高速度カメラと2種のバンドパスフィルターを用いることで電極温度分布の算出を可能にした.温度の算出には赤外二色放射測温法の式を用いた.電極温度測定においても,電極の観察と同様に電極表面の発光のみを測定する必要があるため,分光計測の結果より,アークからの発光を無視できる785 nmと880 nmの2波長の発光により電極温度の算出を行った.

高速度カメラによる電極現象観察
多相交流アークにおける電極現象の理解のために,高速度カメラによる電極先端の観察を行った.12本の電極間にアークが発生し,また,交流周期中でアークは常に変動し,その変動により広範囲にアークが存在している様子が確認できた.アーク放電中の電極を観察する際,輝度の高いアーク発光の影響により電極表面のみの観察は困難である.そこで本研究では,特定の波長のみを透過するバンドパスフィルターを用いることで,電極からの発光のみの観測を試みた.分光計測の結果より,アーク由来の発光ピークの存在しない波長域を確認し,中心波長785 nmのバンドパスフィルターを用いて電極表面の連続光の観察を行った.

交流周期中の電極温度変動
電極温度は陽極時・陰極時の最大電流時において高くなった.これは,アークから流入する熱流束により電極が過熱されるためと考えられる.また,陽極時と陰極時を比較すると,陽極時の最大電流時において最高温度(4100 K)を示すことが確認された.陽極時には電子凝縮のための熱量が電極に伝わる一方で,陰極時には熱電子放出として熱量を失う.このような総伝熱量の違いにより陽極時において最高温度となると考えられる.

各極性における液滴飛散現象
高速度カメラにより電極からの液滴飛散現象を観察した結果,発生する液滴の粒径は数十〜数百μmの範囲に分布を持つことが確認された.また,粒径250 μm以上の液滴の飛散体積は全体の液滴飛散体積の70%以上を占め,粒径の大きな液滴が液滴飛散現象において重要であると考えられる.陽極または陰極における最大電流時付近と,陰極から陽極への移行時に多くの液滴が発生する傾向が確認された.また,大粒径の液滴は陰極における最大電流時付近と,陰極から陽極への移行時にのみ発生することが確認された.この結果から,液滴飛散による電極消耗は主として陰極時に生じていると考えられる.
陽極時・陰極時の液滴飛散現象の違いに着目し,それぞれの電極溶融部挙動の詳細な観察を行った.結果,陰極時には電極先端の溶融部が隆起して液滴を形成し,それが電極先端から分離することで液滴が飛散している様子が確認された.一方,陽極時においても陰極時と同様に,電極溶融部の隆起が確認される場合があった.しかし,その隆起部は電極表面から分離せずに溶融部へと戻るため,陽極時には大粒径の液滴は発生しないということが確認された.このように,電極溶融部挙動は陰極時,陽極時それぞれにおいて大きく異なるため,電極先端において働く力を推算し,大粒径の液滴発生の駆動力について考察した.

電極先端に働く力の推算
陰極時・陽極時それぞれにおいて大きく異なる電極溶融部挙動について考察するために,電極先端に働く力の推算を行った.電極先端の溶融部に加わる力としては,(i)表面張力,(ii)電磁力による圧力,(iii)イオン衝突による圧力,(iv)プラズマ気流による圧力の4つの力が考えられる.プラズマ気流によるせん断応力の影響は小さいと考えられる.そこで,本研究では表面張力,電磁力,イオン衝突圧力の3つの力を推算して比較した.
表面張力とイオン衝突圧力は液滴の発生を妨げる力,電磁力は液滴を電極から分離させる方向に働く力である.表面張力は溶融部半径rに反比例し,電磁力はr2に反比例している.つまり,電極溶融部径が小さいほど表面張力よりも電磁力の影響が大きくなる傾向にあることがわかる.そこで,高速度カメラ観察により得られた溶融部挙動を考慮し,電極溶融部に働く力の推算を行った.
陰極時における電極溶融部挙動とその時の力の変動を見ると,電流の増加に伴い電磁力も増加傾向を示し,最大電流時付近で溶融部の隆起が始まっていることが確認できる.溶融部が隆起すると,溶融部径が絞られていき,さらに電磁力が強くなっていくことが確認された.以上より,陰極時においては,表面張力,イオン衝突圧力よりも電磁力が支配的となるため,大粒径の液滴が発生するということが示唆された.
陽極時においても,陰極時と同様に,電流が増加していくほど電磁力が大きくなり,最大電流時付近において溶融部が隆起していることがわかる.しかし,隆起部における電極溶融部径を比較すると,陰極時よりも陽極時の方が大きくなることが確認された.これは,前述のように,陽極時は陰極時よりも電極温度が高くなり,溶融面積も大きくなるためであると考えられる.結果的に,陽極時において溶融部が隆起する際は,溶融部径が十分に絞られないため表面張力が常に支配的となり,大粒径の液滴は発生しないということが確認された.

結言
本研究では,多相交流アークの電極における液滴飛散機構の解明を目的とし,高速度カメラとバンドパスフィルターを用いることで,電極表面の温度計測や電極における溶融部挙動の観察を行った.得られた知見を以下にまとめる.
適切なバンドパスフィルターを用いた高速度カメラによる二色放射測温により,放電中の多相交流アークの電極温度計測に成功した.多相交流アークの電極温度変動は,交流周期の電流変動に追従しており,電極溶融部挙動に大きく影響を及ぼすことが示唆された.
電極観察に適したバンドパスフィルターを用いた高速度カメラ観察により,放電中の電極溶融部および液滴飛散の動的挙動の可視化に成功した,陽極時・陰極時いずれにおいても電極溶融部の隆起が確認されたが,その隆起部が液滴となって電極から分離・飛散するのは陰極時のみであることが確認された.
電極先端の溶融部にかかる力を推算し比較することで,液滴飛散機構を考察した.液滴飛散を促す力として電磁力による圧力,妨げる力として表面張力,イオン衝突による圧力が,電極先端の溶融部挙動に影響を及ぼしていると考えられた.また,それらの力の交流周期中での変動を評価した結果,陰極時においてのみ,液滴飛散を促す電磁力が支配的となることが明らかになった.
以上より,電極先端の溶融部にかかる電磁力をいかに制御するかが,多相交流アークの電極からの液滴飛散抑制に重要であることが見出された.これは,多相交流アークを実プロセスで運用する際の,電極コストの低減化,生成物の高純度化に向けて重要な知見となると考えられる.

業績は博士論文をご覧ください。