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論文題目「窒素直流アークにおけるタングステン陰極消耗機構の解明」

佐倉直喜
直流アークは広い産業分野で使用されてきたが,近年ナノ粒子製造プロセスへの応用が期待されている.陰極消耗の低減はプロセスコスト低減のために重要な課題であるが,プラズマガスに窒素などの分子ガスを用いたときの電極現象への影響は未だ明らかにされていない.本研究の目的は,大気圧窒素直流アークにおけるタングステン陰極の消耗機構を解明することである.バンドパスフィルタを備えた高速度カメラシステムを用いて,陰極表面温度分布と陰極表面から発生する金属蒸気分布の観測を行った.この結果から,陰極消耗現象は熱的な蒸気放出現象と直接関係していることを確認した.また,アーク温度分布の測定から,アークの高温領域におけるタングステン原子のイオン化により,アーク周辺を取り巻くタングステン蒸気の特徴的な分布が形成されることを確認した.さらに,同様の観測システムを用いて,様々な電子エミッタを添加した陰極が異なる消耗率を示す原因を調査した.本研究により電極現象の理解を進めることで,電極の長寿命化が実現し,産業用途における窒素アークのさらなる応用拡大へ貢献できると考える.

第1章では,本研究の背景と目的について述べ,本研究の意義と方針を示した.

第2章では,アーク放電中の電極現象に対しその場観察を行うため,バンドパスフィルタ光学系を備えた高速度カメラシステムによる分光放射測定技術を確立した.同一の装置でフィルタ波長を変えることで,電極温度,金属蒸気密度,アーク温度の異なる用途の計測が可能となる.電極由来の金属蒸気の可視化は,プラズマを構成する原子やイオンからの放射光や電極からの熱放射などの強いバックグラウンドの中から,低密度の金属原子が発する微弱な固有線スペクトルを観測するという本質的な難しさがある.相対強度法によりアーク中のアルゴン原子の発光を基準にタングステン原子の発光強度比を算出し,金属蒸気密度分布を得る解析手法を用いた.電極温度の測定には表面から熱放射光に対して二色放射測温法による解析を行った.アーク温度分布の観測にはアルゴン原子からの線スペクトルに対してFowler-Milne法による解析手法を用いた.

第3章では,バンドパスフィルタ光学系を備えた高速度カメラシステムを用いて,大気圧窒素雰囲気中の直流アークにおける陰極現象の観測を行った.その結果,陰極消耗の主要因は熱的蒸発現象であることを確認した.今回,陰極由来のタングステン蒸気の観測に初めて成功し,蒸気は最高温度となる陰極先端部から少し離れた周辺部から発生しており,高温アークの周囲を囲むように分布する様子を明らかにした.電極温度分布とアーク温度分布を合わせて解析した結果,陰極先端から蒸発したタングステン原子の大部分がイオン化して陰極へ引き戻される現象が,金属蒸気の特徴的な分布の原因となっていることが確認できた.

第4章では,窒素雰囲気が陰極消耗に与える影響を評価した.プラズマガスとしてアルゴンに対して窒素を混合したガスを用いたとき,窒素濃度の増加に伴い急激に陰極消耗率が増加する現象について可視化による解析を行った.窒素の代わりに水素を添加した場合には,陰極消耗率の変化が見られなかった.両者の分子の再結合温度の違いに着目すると,水素の再結合温度は3500 Kであるのに対し,窒素の再結合温度は7500 Kと電極先端温度よりも高い値を持つ.その結果,陰極表面において窒素原子は再結合により窒素分子に戻り,解離エネルギーに相当する局所加熱によって陰極先端温度がさらに上昇し,蒸発による消耗が促進される機構を明らかにした.

第5章では,タングステン電極に添加する電子エミッタが陰極消耗に与える影響を評価した.8種類の金属酸化物を添加した陰極に対して消耗現象の可視化による解析を行った.結果より,融点が高いもしくは窒素ラジカルによる還元を受けやすい酸化物では消耗率が高く,融点が低くかつ還元されにくい酸化物は消耗率が低くなる傾向を明らかにした.添加した金属酸化物は,陰極先端部のアーク放電点において溶融し表面を覆うことで熱電子放出のエネルギー閾値を低下させる.低融点の添加物は表面を広く覆うことができ,窒素ラジカルとの反応性が低いと分解されずに表面の被覆率を高く保つことができる.このように放電点における実効的な仕事関数が小さくなると,同じアーク電流を流した時の陰極先端部の温度は低くなり,消耗率は低下する.実効仕事関数は,電極先端部における温度と電流密度の測定値をRichardson-Dushman式に適用して算出され,電子エミッタの消耗率低減の効果を定量的に比較する上で重要な指標となることを示した.

第6章では,本研究で得られた成果を総括した.


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